ISA プログラム体験記

海外派遣や、国内で学生会議に参加していただいた方々の生の声が満載です

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Exchange Programe

インドネシアの教育事情 神戸支部一回生 櫻木 諒太

今回のプログラムの中で、一番印象に残っているのはスラム街にいったことだ。そこは想像していた「悪臭があって、殺伐とした町」とは違っていて、道路は舗装されてなかったし、建物もお世辞にもきれいなものとはいえなかったが、明るく人の温かさを感じる場所であった。きっけさんがフィリピンのとは違うともいっていたし、スラム街といってもやっぱり場所や地域によるものだと感じた。そして、自分が思っているイメージって所詮イメージでしかないと感じた。

スラム街に行ったときに、プログラムの一環でSanggar Ciiiwungという施設にいった。ここでは、スラム街の子どもたちが勉強して、独立できるように建てられたもので、学校の授業から楽器の演奏や手芸など実際的な技術を教えている。そして僕たちは、ここで「なぜ教育は重要なのか」ということと、「自国の教育の位置づけ」について話した。僕が、話をし終わって、一人の女の子から「高校に行きたくても、お金がなくていけない人はどうしているんですか?」と言われて、なにか感じるものがあった。それは、少なくとも僕の狭い周囲の環境のなかには、経済的に厳しい子などはいたけど、行けない人はいなかった。(大学には、経済的に行けない子はいたけど)だからそんなことを考えたこともなかった。だが、ここではそういう人がいるから、このような質問がでてくるのだと思った。それを示すデータがある。インドネシアの教育制度とともに紹介したいと思う。


 インドネシアは、日本と同じく6・3・3・4制であり、義務教育もおなじく小学校と中学校の9年間である。さらにイスラム教徒がたくさんいる国なので宗教省所管の学校もある。小学校の就業率は95%と高い割合にあるが、中学校にもなると51%と半分近くに落ち込む。それは、家族の仕事を手伝ったり、物乞いや、自分で働くからだ。もちろん、経済的に厳しくなって行けなくなるというのもあるだろう。地方になると就業率はもっと落ち込むといわれている。高校に行きたいけど、行けないという現象は、悲しい話だがよくあることだと思う。だからこそ、あの質問がでてきたのだと思う。
 
 インドネシアの教育事情について調べていると、

「公立学校の集金は、学校ごとの裁量でその金額を定めることができるようになっているようで、極端に高い学校と安い学校があるので、公立といっても安上がりとは限らない。むしろ、あまり有名ではない私学の方が安い場合もあり、支払いが困難な親たちは子供を公立校から私学へ転校させるケースもある」

「学費を払えないことを苦にした子供たちが自殺をはかる」

といったニュースを発見した。このことが本当かどうかはわからないが、経済的弱者が教育機会を得ることは非常に困難になっていることは確かだと思う。また、人が多い、教材が足りない、電気や机いすも足りないから、朝は一年生、昼からは2年生と3年生が登校・・といったように校舎を有効に使っている。一方でお金持ちの子たちは、車で私学へ通学するというから・・・・。なんともいえない気持ちになる。

どうにか教育の機会を与えるために打つ手はないのか?

と思うが、政府が義務教育を完全無料化にしないかぎり厳しい気もする。奨学制度もあるが、一部の人しかうけることもできないらしく、大学までいこうと思うと、よっぽど優秀ではない限り経済力が大きく響いてくる。それも、お金持ちの子たちの中には幼少のころから英才教育を受けているから奨学金を得ることは現実的には難しいのかもしれない。また、インドネシアは学歴社会でもあるので、いい職業につきたいならそれなりのキャリアが必要となってくる。だからこそ、貧しさから抜け出せないというのもあるのかもしれない。

 さて、話は変わるが、なぜこのテーマでエッセイを書こうとしたかを述べたいと思う。

 それはいまさっきの質問に虚をつかれたっていうのもあるが、行った施設の子たちの目がすごく輝いていて、自分の夢を実現するために勉強したい、もっと勉強したいと話していたからだ。

 こんなに勉強をしたくてもできない子たちがいるのに(ここのこどもたちは施設ができたおかげである程度はできるけど)学ぼうと思えばすきなだけ学べるという恵まれた環境を生かしてない自分に気づいたのと、なにか力になれることはないのかと考えたからだ。

 だから、まずネシアの教育の現状について調べようと思いこのエッセイを書いた。現状を知ることでなにか見えることがあると思って。しかし、インドネシアの教育事情について知れば知るほど、どうしたらよいかと思う。

 さらにこの問題をややこしくしているのが、インドネシアが階級社会であるということだ。こういう貧しくて、学びたくても学べない人がいるのに、一方で・・・。階級社会の感覚がわからない僕には、こういう状況に対してなんともいえない感情を抱いてしまう。また、今回のプログラムを企画して運営してくれたISAFISのメンバーたちの多くは、中流階級以上の子で・・・どこか遠慮して突っ込んだ質問もできなかったし、その教育環境の差というものを見ながら育っていて・・・。

 ほかの国ではインドネシアより劣悪な教育環境のところもあるとおもうと途方にくれてしまう。自分になにかできるわけではないけど、こういうことを考えると心がいたむ。ただ今、僕が分かっているのは、大きなことはできないけど、募金や文房具を提供する、自分の恵まれた環境を十分に生かすことと、インドネシアのことについてもっと知ってもらえることが、力になれることなんじゃないかなと思う。そしてそれで、一人でも多くの人が教育を受けられたらなと思う。
スポンサーサイト

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。